【チェコの旅】プラハ中心街を歩く(1):ミュシャ美術館と旧市街広場でのひと時。激動のチェコの歴史を感じる。

旅の記録

プラハの二日目の朝だ。いよいよ本格的にプラハ市内を歩く。でもその前に毎日習慣化している「散歩」を忘れない。朝の散歩も旅の一環。そんな中でも近くのカフェを見つける。かわいらしいカフェだ。今日の午後時間があれば寄りたいと思った。カフェでなくても、ホテルでくつろぐ方法もある。ホテルのロビーでコーヒーを飲んでから一日を始めるのもいい。

ホテルのロビーの様子。中でもテラスでもくつろげる。

さてホテルは市内からはやや離れているため、地下鉄C線に乗る。朝なのに通勤ラッシュはないのだろうか。昨日の夜はMzeumで降りたが、今日はMuzeumで緑のA線へと乗り換えだ。そして旧市街の方へと向かい、一つ目の駅のMustekで降りる。ヴァ―ツラフ広場と旧市街の中間地点に出ることとなる。

その日の最初の目的であり、プラハの旅の目的の一つだった、「アルフォンス・ミュシャ(ムハ)」美術館に足を運ぶ。彼はここチェコ出身。パリで活動し再度チェコに帰国したからか、プラハにもたくさんの作品が残されている。ガイドさんに日本でも人気があるといったら驚いていた。

旅の始まりはミュシャ美術館からだ

Mustek駅から火薬塔や市民会館の方へ500メートルいったところがミュシャ(ムハ)美術館がある。

ミュシャが世界的に注目されるようになったのが、1989年の日本での「ミュシャ展」であったという。もっとも有名なのが「スラブ叙事詩」。これは彼がアメリカに渡り、「芸術を通して祖国に貢献したい」という意欲のもと20年の歳月を通して描かれた作品でもある。

6×8メートルという画面の中に誘い込むような演劇的効果を生み出す絵画だ。彼の作品を有名にしたきっかけが、フランスの女優サラ・ベルナールとの偶然の出会い。彼女のポスターを描くこととなるのがそのきっかけだった。そのミュシャの絵が予想もしてなかった、パリで大きな評判を生むのだ。

1620年から300年の間、オーストリアの領土であったチェコ。そんな背景のもと、彼は祖国への思いを絵画に託したのではないだろうか。また芸術はすべての人のものという考えから、メニュー、ポスターへの挿絵を通して、芸術の大衆化へと貢献した。

南ボヘミアの片田舎で育ったミュシャ。似顔絵描きとして放浪していたときに、クーエン・ベラシ伯爵と出会う。こんなきっかけが現代に注目される画家となる。世紀末の幸運児ともいわれるゆえんだ。

私はミュシャに関してそれほど、詳しくはなかった。外国での絵画観覧にはやはり事前の背景知識は必要だと実感した。実際絵を鑑賞しつつ、一つ一つグーグル翻訳機を使って解説をたどっていくのも一苦労だった。

ただ、純粋に海外に集中するという観点からは背景知識は逆に邪魔になるのかもしれない。とにかく、絵画に集中し、画家と対話する時間が必要だとも思った。

ミュシャの美術館でかなりの時間を使った。次に向かうのはプラハの観光メインの一つ、旧市街広場。その前に火薬塔(ミフルカ火薬塔)をみる。迫力があり、市内の中ではひときわは目立っていた。

かつては旧市街を取り囲む城壁があり、その門として使われていた塔だ。上部は展望台になっている。中にも入れるから登ってみるのもいい。隣はアールヌーボー様式の市民会館。ここの一階にはカヴ―ルナ・オヴェツニー・ドゥームというカフェもある。

ここで私はコーヒーとケーキを注文して、念願の「カフェでのスケッチ」をするのだった。コーヒーを飲みながら、周りの景色をスケッチしてみた。気分は最高だった。ヨーロッパの街の中で、スケッチするのも夢だったからだ。それがかなった一瞬だ。チェコもオーストリアも甘くないアイスコーヒーのようなものは基本的にメニューにはない。もし飲みたければスタバに行くしかいようだ。

すべての道は旧市街広場(Staré Město)へ

火薬庫からまっすぐカレル橋に向かうと旧市街広場にでる。石畳が多く、道が迷路のような街はときに迷いそうになることもある。実際に私は一日目にかなり迷っていた。

ところどころにチェコの名物菓子トルデニークのお店が軒を連ねる。おいしそうなお店をみつけたら、食べ歩きをしてみたいところだ。

雨が降っても足が濡れることはない。また、雨量もそれほど多くはない。現地の人は傘をもっていない人が多かった。ただ、もし雨の予報だったら、折り畳みはあったほうがいいかもしれない。

さてそうこうしているうちに、旧市街広場に到着。ここに入ると人の数が急に多くなるようだ。人種を問わず、多くの人がここで観光を楽しんでいる。広場の周りはゴシック様式の建物やバロック様式、ルネッサンス様式の建物に囲まれている。プラハの歴史を彩った各時代ごとの建物は目を魅了する。

時代をタイムスリップしたかのようだ。

ただここは悲しい歴史的な場所でもある。ボヘミアのプロテスタント貴族が神聖ローマ帝国に反乱を起こし、高官をプラハ城の窓から投げ落とすという事件をきっかけに30年戦争へと拡大する。プラハではこのプロテスタントと神聖ローマ帝国側で戦ったビーラー・ホラの戦いの後に、反乱の首謀者27名がこの場所で処刑されている。その場所は今でも白く十字架で記されているのだ。

一番目立つのは何よりも広場の中央に置かれている「ヤン・フス」の銅像だろうか。カトリック教会の堕落を厳しく批判したフスは、コンスタンツ公会議に召喚されるも、法王と教会を非難したために、異端として1415年に火あぶりに処せられた。フスはルターの宗教改革よりもはやくカトリックを非難した宗教改革者であった。そこからフス派というプロテスタントの派が生まれてくる。

フスの死刑はチェコの民衆を刺激し、信奉者たちがフス派を名乗り、これをもってカトリック教会と対立し、「フス戦争」へと発展していく。チェコは常にヨーロッパの宗教戦争の火種となっているようだった。また、宗教的な時間が多いのも特徴かもしれない。

フスの銅像が黒くそびえたっているところも何か歴史の悲劇を感じさせるものがある。

建物でもっとも目立つのはやはり二本の塔が空にそびえたつ「ティーン教会」だった。ティーンとは税関という意味で、税関が裏側にあったからそのような名前がついた。税関の前の聖母マリア教会が正式な名前らしい。15世紀にはフス派の本拠地だったところでもある。

よってこの教会はもともとフス派の拠点というところからプロテスタントの背景をもっている。こんなことからも、背景を知ることでその建物の見方が変わってくるから不思議だ。その対角にはカトリック教会の聖ミクラージュ教会が向かい合っていて二つの教会がチェコの歴史をものがたっているようだ。

右に見えるのが聖ミクラージュ教会。左が時計台のある旧市庁舎だ。

旧市庁舎の天文時計

旧市街広場はやや歴史的には重苦しい背景はあるものの、旧市庁舎の「天文時計」は人々の一番のお目当てかもしれない。正午12時前になると、人だかりができる。

14世紀(1344年)に着工が始まったといわれる。世界でも古い時計で、現在も稼働しているのはこの天文時計だ。時間はもちろん、日付、太陽や月の満ち欠け、キリスト教の歴、天体の動き(天動説)などを示している当時の技術の最高水準のものだ。

実際にこの技術を盗まれまいと、職人の目がつぶされたという逸話があるくらいだ。やはり、神聖ローマ帝国の首都となるくらいだから、当時の技術はもしかしたら、ヨーロッパで最高だったかもしれない。

上部は機械仕掛けの時計。下部の丸いものは歴の表盤。周囲には彫像が飾られている。その12時になると、4つの周りの彫像が動く。そして上部の上に見える窓からキリストの12使徒が順番に現れるという仕組みだ。

私はその時は午後だったから、次の日に再度お昼前の12時に合わせて見に行った。そのときは12時の鐘と時計仕掛けを見るために、人だかりがすごかった。やはりプラハに来たからには、この時計の仕掛けをみてみたいのだろう。

さてこの時計をみながら、一息休憩するには、時計台の真向いにあるモーツアルトカフェが知られている。私もそこに入って時計を眺めてみることにした。カフェは真向いの建物の二階にある。窓側に座ることで、時計を見ることができる。観光に疲れたらどこかカフェで一息つくのもいい。

隣の旧市庁舎ではツアーの申し込みもできる。中に入ると、多くの人が観光やツアーについて職員に尋ねている。トイレは中にはなく、カフェの隣に有料のトイレがあるのみだ。チェコは何よりもこのトイレが有料であり、それほど公共のものは多くないことは理解しておこう。もちろんカフェや美術館、博物館にはある。

プラハは見るところがとにかく多い。3~4日の滞在ならば、効率よく回ることが必要だ。ただ、ところどころ休憩も挿み、カフェなどでくつろぐ時間も必要だ。時間的に余裕を持ちたければ、やはり朝早くでることも方法の一つで、ホテルは旧市街地の近くがいいというのが正直な感想だ。

まだこれからカレル橋とプラハ城に向かうのであるが、これについては次の記事にする。徐々にチェコという国がどんな国名なのか輪郭がつかめてきたようだった。

カズ

こんにちは!韓国の大学で教員をしている「カズ」です。
人生の後半を迎える人々に、「旅」や「散歩」による「日本再発見」の魅力を発信しています。

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旅の体験記録や、散歩で出会った自然や文化、そして読書を通じた新しい学びを通して「日本再発見」さらには「自分発見」を目指しています。

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